7月20日:寝台特急「さくら」号の長崎編成及び寝台特急「みずほ」号の熊本編成に使用中の14系14形のオハネ14形から改造の4人用個室b寝台「カルテット」、「オハネ14形700番台」の連結を開始。また、この時期までにb寝台の2段化が完了。 さくら・櫻は、かつての鉄道省、日本国有鉄道(国鉄)およびそれを引き継いだJR各社で運行されていた(運行されている)特別急行列車である。, 「櫻」「さくら」の列車愛称は、鉄道省・国鉄・JRの歴史上においては、第二次世界大戦前の1923年7月に鉄道省が東京駅 - 下関駅間で運行開始した第3・第4特別急行列車に対し、1929年9月に公募により「櫻」(さくら)と命名したのが起源である。これは不景気により利用客が減少していた鉄道に活況をもたらそうと、鉄道省は当時欧米で広まっていた列車愛称を日本の列車にもつけて親しみを持ってもらおうと公募を行った。サクラが日本の事実上の国花であり、人々に好まれる花であることから、鉄道省が最初の列車愛称として採り入れたものだった。, 「櫻」の愛称は終戦を挟んで1951年より1958年まで、国鉄が東京駅 - 大阪駅間で運行していた臨時・不定期特別急行列車の愛称として再登場する(同列車については東海道本線優等列車沿革も参照されたい)。このときは漢字ではなく、平仮名の「さくら」とされた。, 「さくら」の愛称は1959年に国鉄およびJRが東京駅 - 長崎駅間を結ぶ夜行列車(寝台特別急行列車)の愛称として用いることになり、以後2005年までこの愛称が用いられることとなった。この間、1965年 - 1999年は佐世保駅発着の編成を併結していた。, 同列車廃止後「さくら」の愛称は一旦途絶えたが、2011年3月に九州新幹線が全線開業することを機に、九州旅客鉄道(JR九州)と西日本旅客鉄道(JR西日本)は九州新幹線と山陽新幹線を直通運転する列車名の公募を行い、公募の結果に基づき「さくら」の愛称を復活させることが2009年2月26日に発表された[1][2]。「さくら」の名称は応募総数168,951通のうち最多となる7,927通を獲得し、直通運転用に開発された新車両N700系7000番台・8000番台のコンセプトである「日本の美しさ」に合致することからも選ばれた。, 1929年9月に鉄道省が当時東京駅 - 下関駅間で運行していた、特別急行列車に列車愛称を与えたが、そのうち3・4列車に「櫻」(さくら)の愛称を与えた。, この3・4列車は、1923年7月から運行を開始したが、この列車は、1912年6月から運転を開始していた日本初の特別急行1・2列車に次ぐものであった。しかし、編成は1・2列車が一等・二等車のみで編成され、食堂車も「洋食堂車」を連結していたのに対し、3・4列車は三等車を中心に連結し、食堂車は「和食堂車」だった[3]。どちらかといえば大衆向けの列車であったようである。1・2列車と続行するダイヤで運転されていた。, 1925年5月より3・4列車に充当される三等車に専用客車として2列一方向固定座席を備えるスハ29300形(スハ28400形)・スハフ29500形(スハフ28800形)に置き換えた。, 「櫻」の愛称が与えられた後1930年には編成をスハ33900形・スハフ35250形といった鋼製客車へ置き換えられ、1931年6月からは京都駅 - 下関駅間で三等寝台車を連結(1934年3月より全区間連結)、1934年12月の丹那トンネル開通に伴うダイヤ改正では二等寝台・座席車が連結されるようになった。この時、1・2列車「富士」との続行運転もとりやめられ、1時間半の間隔を置いて運転するようになった。, 1937年には輸送量増強のため三等座席車をスハ32800形に置き換えられ、1941年7月には戦時体制の強化により三等寝台車の連結が中止された。, 1942年11月の関門トンネル開通によるダイヤ改正で、「櫻」は鹿児島駅まで延長されるが、同時に列車番号をそれまでの東京駅 - 下関駅間各等急行7・8列車(改正後は東京駅 - 鹿児島駅間各等急行3・4列車)と番号を入れ替える形で二・三等急行7・8列車に格下げとなり、愛称も消滅した。しかし、東京駅 - 下関駅間のダイヤ、編成については特急「櫻」と同じである。, 1943年7月にそれまでの特急列車を「第一種急行」、急行列車を「第二種急行」とする制度変更が実施されたが、この変更で旧「櫻」である東京駅 - 鹿児島駅間二・三等急行7・8列車は第一種急行料金が適用され、列車番号も3・4列車に戻された。同年10月に「決戦ダイヤ」と称する、旅客列車を削減・速度低下させるダイヤ改正が行われた際も東京駅 - 鹿児島駅間二・三等急行3・4列車(旧「櫻」)は残されたが、1942年11月から1943年6月まで3・4列車を名乗っていた各等急行7・8列車は展望車・一等寝台車連結を中止、下関駅で打ち切りとなった。なお、この急行7・8列車のダイヤは、戦後「きりしま」の元となる東京駅 - 鹿児島駅間直通急行列車の元ともなっている。1944年4月には「決戦非常措置要綱」に基づいて「富士」を廃止、一般の営業列車から展望車・一等車・寝台車・食堂車の連結が中止された後も急行3・4列車は存続、列車の統廃合を経て1945年3月の時点で残存した唯一の東京駅 - 下関駅間急行1・2列車は3・4列車のダイヤを引き継いだものであった[4]。, 第二次世界大戦後「さくら」の愛称が復活したのは、1951年4月 - 5月に東京駅 - 大阪駅間を運行した特急「つばめ」・「はと」の救済臨時列車として東京駅 - 大阪駅間に設定された臨時特急列車に「さくら」の名称を与えたものである。, この時こそ三等車と食堂車のみの編成組成となったが、この列車はこの後も設定され、二等車の設定もなされた。1957年10月のダイヤ改正には不定期列車に昇格。東海道本線に電車特急が登場する1958年10月のダイヤ改正まで多客時の増発臨時列車として運転された。, また、「ビジネス特急」の仮称を持っていた20系電車「こだま」号の登場に際して列車愛称を一般から公募した時の仮称として一部部内で用いたともされる。, 高度経済成長時代に入ると、東京と九州を結ぶ長距離寝台特急列車として、緒となる「あさかぜ」に続く形で長崎本線系統の特急列車として運行を開始した列車に「さくら」の名が与えられた。1965年からは一部の編成が佐世保線佐世保駅まで乗り入れるようになった。, なお、東京から長崎本線を経由する系統長距離寝台特急列車には当初「あさかぜ」に続く風に関する愛称として「さちかぜ」が与えたが、「あさかぜ」と紛らわしいため、東京 - 大阪駅間ビジネス特急の佳作であった「平和」に改められた。しかし、「平和」の語調の硬さからか20系客車導入に際し再び改められ「さくら」となった。なお、この「さくら」も東京駅 - 大阪駅間ビジネス特急列車愛称の佳作として名を連ねていた。, 後に運行を開始する鹿児島本線系統の「はやぶさ」、日豊本線系統の「富士」と共に、いわゆる「九州ブルートレイン」の一角として国鉄並びにJRの花形列車となったが、同じ国鉄・JRの新幹線(東海道・山陽新幹線)や、完全な競合である航空機などの競合交通手段に対する時間的な不利や、1970年代から続いた相次ぐ運賃・料金の値上げ、1990年代以後の航空運賃の多様化による実質的な値下げや格安ビジネスホテルの台頭、車両の老朽化などによって乗客は減少の一途を辿り、1999年に佐世保駅発着列車が廃止され、「はやぶさ」との併結運転で残っていた長崎駅発着列車も2005年3月に廃止となった。, 1997年より、この列車の運行区間であった東京駅 - 長崎駅間の運行営業キロ1,350.5kmは、定期の寝台特急列車の中では第1位の運行距離であった。なお、臨時列車も含めると廃止後も1位は「トワイライトエクスプレス」である。, 2000年3月11日のダイヤ改正以降は、下り列車が博多駅 - 長崎駅間で後続の特急「かもめ」に鳥栖駅・肥前山口駅・湯江駅で追い抜かれた。昼行特急の運行を優先されることの多い「九州ブルトレ」の中でもとりわけ不遇な存在だったといえる。, なお、大幅な遅延が生じた場合は品川駅で運転を打ち切ることがあり、この場合は小田原駅 - 品川駅間は東海道貨物線経由で運転して横浜駅を経由しないため、小田原駅に臨時停車していた。, 客車は14系客車を使用し、1人用個室B寝台車「ソロ」1両と開放式B寝台車4両の5両で組成していた。, 機関車は、東京駅 - 下関駅間をEF66形、下関駅 - 門司駅間をEF81形、門司駅 - 長崎駅間をED76形が牽引していた。, なお、2005年3月1日のダイヤ改正への移行に伴う準備の関係で、下りは2月25日発、上りは2月22日発から列車廃止まで1人用A寝台個室「シングルデラックス」オロネ15形3000番台を連結していた。この車両は24系客車からの改造車であった。, 車掌は全区間、九州旅客鉄道(JR九州)博多車掌区が担当した。運転士は各旅客会社が自社区間を担当したが、下関駅 - 門司駅間は日本貨物鉄道(JR貨物)門司機関区が担当した。, 前述したように、1961年12月29日に発生した事故により、「さくら」用20系客車編成の内14両中12両が破損し、基本編成8両は代車を確保したものの、付属編成6両が不足する事態となった。当時最新の20系客車は、他の寝台特急列車の運用も合わせてぎりぎりの両数がフル稼働している状況であり、しかも年末年始の多客期ゆえに予備車まで総動員しており、直ちにこれらの代替車を捻出することは不可能であった。そのため、事故車の復旧が完了するまでの暫定処置として、10系客車やそれ以前に製造された旧形客車(スハネ30形など)を付属編成の代替として20系編成に併結し、「さくら」の運行に当てることとした。, 2等寝台(現在のB寝台)の基本設備に限れば、10系寝台車の設備は20系客車に比して大きく劣るものではなかった。しかし、20系客車と旧形客車とは以下の点で異なっていた。, このため上り、下りとも基本編成と付属編成との間の通り抜けができず、付属編成の乗客は食堂車が利用できないなど、サービス面で問題となった。このため国鉄は旧形客車部分を利用した乗客の特急料金を100円払い戻す措置を行った。, かもめ - みどり - ハウステンボス - シーサイドライナー / 長崎本線優等列車沿革, きりしま - ソニック - にちりん - にちりんシーガイア - ひゅうが - 海幸山幸 / 日豊本線優等列車沿革, SL人吉 - いさぶろう・しんぺい - かわせみ やませみ - はやとの風 / 肥薩線優等列車沿革, ななつ星in九州 - JRKYUSHU SWEET TRAIN「或る列車」 - 36ぷらす3, 洋食堂車はあくまでも洋食専門で予約制のコース料理を提供していたのに対し、和食堂車は和食のみならず幅広い料理を大衆的な価格で提供していたという点が異なる。和食堂車だからといって洋食を提供していなかったわけではない。, プレス・アイゼンバーン『レイル』No.16 1985年6月 P.87 - P.98 古山善之助『蒸機全盛時代の国鉄の特急・急行列車II』を参照, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=さくら_(列車)&oldid=78454664, この項目では、日本国有鉄道およびJRの在来線の特別急行列車について説明しています。, 東京都・神奈川県・静岡県・愛知県・岐阜県・滋賀県・京都府・大阪府・兵庫県・岡山県・広島県・山口県・福岡県・佐賀県・長崎県, 号車番号は下り東京駅出発時のもの。上り長崎駅発は東京駅方向から1号車、2号車となる。, また、この改正より、「平和」は「あさかぜ」より東京駅を2時間近く早く出発する事となり、下り列車は翌11月に登場した, 「さくら」の20系客車化に伴い、1人用個室一等寝台「ルーメット」と開放式一等寝台の合造車である「ナロネ22形」が新たに設計・新造された。, 編成端部の車両に設置された電照式の愛称表示は、「さくら」にちなんで地色がピンク色のものが使用された。, 3月:「さくら」の緩急二等座席車「ナハフ21形」を緩急二等寝台車「ナハネフ21形」に変更。これにより、二等座席車の連結を終了。, この改正では従来長崎駅に乗り入れていた基本編成が佐世保駅発着となり、長崎駅には博多駅で増解結していた付属編成が乗り入れることとなった。両編成の分割・併合は, 「さくら」の東京駅 - 下関駅間の牽引機がEF60形500番台からEF65形500番台(P型)に変更された。なお、, 食堂車「ナシ20形」、一等座席車両「ナロ20形」及び「ナロネ22形」に6室設置していた1人用個室一等寝台「ルーメット」を連結した編成(これをいわゆる, 付属編成については、肥前山口駅以西では8号車前頭にオハシ30形等旧形客車から改造された簡易電源車「マヤ20形」が連結された。, 6月20日:「さくら」長崎編成中に連結していたナロ20形をナハネ20形に変更。座席車の連結を終了。この時点での編成図は, 従来、東京駅 - 佐世保駅・長崎駅間運行の「西海・雲仙」は運行区間を変更。大阪駅 - 佐世保駅間運行の「西海」、京都駅 - 長崎駅間運行の「雲仙」に運行区間・形態を変更。→以降は, 基本編成(長崎発着):食堂車「オシ14形」及び全室開放式A寝台車「オロネ14形」を連結, 2月:1970年代半ばより合理化策の一環として廃止されていた九州島内のヘッドマークの取り付けが復活。, なお、1984年(昭和59年)7月20日の「カルテット」編成組み込み時点では一部開放式B寝台車両の2段式改造が行われていなかったが、1984年(昭和59年)9月までには完了した。, 1987年(昭和62年)6月1日:この日から食堂車の営業担当を日本食堂長崎営業所から日本食堂新博多営業所に移行し、名物メニュー「長崎ちゃんぽん」と「皿うどん」がメニューから消滅する。, 1990年(平成2年)12月1日:食堂車営業担当がJダイナー新東京営業所に移行するが、後の食堂車の売店営業後も1999年(平成11年)12月ダイヤ改正前の終了まで担当する。 なお、その前の1990年(平成2年)10月1日から上り列車の翌朝の食堂車営業開始時間が6時から7時に短縮。, また、佐世保編成を長崎編成と同一のJR九州車両の編成に変更。これにより、「あさかぜ1・4号」の廃止とともにJR東日本車両のJR九州への定期列車での乗り入れが消滅。なお、このため、従来熊本運転所所属の14系客車を, これにより、長崎編成・佐世保編成双方にオロネ14形、オハネ14形700番台、オシ14形を連結。, なお、売店営業は長崎発着の編成のみで営業し、佐世保編成ではカーテンが閉められていた。, また、編成単位での14系客車と24系客車の併結運転は史上初であり、サービス用電源はそれぞれ各編成の連結する電源車(カニ24形及びスハネフ14・15形)から供給された。なお、14系客車には非常時等に備え、併結運転対応工事が施された。, 6両編成となった「さくら」には、従前「はやぶさ」及び「富士」に連結されていたオハネ25形1000番台(1人用. ~寝台特急 出雲~ 1975年5月,上り24系出雲(残念ですがヘッドマーク無しの日でした)。 1975年5月,同上上り24系出雲。 1972年6月,下り20系出雲。 ~寝台特急 紀伊いなば~ 1975年3月,上り14系紀伊・いなば(ef58牽引でした)。 1959(昭和34)年、前年に登場した寝台特急「平和」を20系に置き換えるにあたって、東京~長崎に登場した。 愛称は1929(昭和4)年に登場し、1942(昭和17)年に廃止された「櫻」、1951~1958年に東京~大阪で不定期運転された「さくら」に由来している。 寝台特急「さくら」は、20系ブルートレインとして昭和34年(1961)に登場しました。「走るホテル」と呼ばれた20系寝台客車から、分割併合に適した分散電源方式の14系寝台客車へと昭和47年(1972)に置き換えられ、「さくら」「みずほ」「あさかぜ」などの列車に使用されて活躍しました。 テールマークも誇らしげにデビューした20系客車登場以前の「さくら」 戦後を走った臨時特急「さくら」。写真では珍しく展望車が連結されている 昭和47年からは14系客車がデビュー。寝台の2段化改造を行ない最後まで活躍した 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/07/13 16:31 UTC 版), 1997年より、この列車の運行区間であった東京駅 - 長崎駅間の運行営業キロ1,350.5kmは、定期の寝台特急列車の中では第1位の運行距離であった。なお、臨時列車も含めると廃止後も1位は「トワイライトエクスプレス」である。, 2000年3月11日のダイヤ改正以降は、下り列車が博多駅 - 長崎駅間で後続の特急「かもめ」に鳥栖駅・肥前山口駅・湯江駅で追い抜かれた。昼行特急の運行を優先されることの多い「九州ブルトレ」の中でもとりわけ不遇な存在だったといえる。, なお、大幅な遅延が生じた場合は品川駅で運転を打ち切ることがあり、この場合は小田原駅 - 品川駅間は東海道貨物線経由で運転して横浜駅を経由しないため、小田原駅に臨時停車していた。, 客車は14系客車を使用し、1人用個室B寝台車「ソロ」1両と開放式B寝台車4両の5両で組成していた。, 機関車は、東京駅 - 下関駅間をEF66形、下関駅 - 門司駅間をEF81形、門司駅 - 長崎駅間をED76形が牽引していた。, なお、2005年3月1日のダイヤ改正への移行に伴う準備の関係で、下りは2月25日発、上りは2月22日発から列車廃止まで1人用A寝台個室「シングルデラックス」オロネ15形3000番台を連結していた。この車両は24系客車からの改造車であった。, 車掌は全区間、九州旅客鉄道(JR九州)博多車掌区が担当した。運転士は各旅客会社が自社区間を担当したが、下関駅 - 門司駅間は日本貨物鉄道(JR貨物)門司機関区が担当した。, 前述したように、1961年12月29日に発生した事故により、「さくら」用20系客車編成の内14両中12両が破損し、基本編成8両は代車を確保したものの、付属編成6両が不足する事態となった。当時最新の20系客車は、他の寝台特急列車の運用も合わせてぎりぎりの両数がフル稼働している状況であり、しかも年末年始の多客期ゆえに予備車まで総動員しており、直ちにこれらの代替車を捻出することは不可能であった。そのため、事故車の復旧が完了するまでの暫定処置として、10系客車やそれ以前に製造された旧形客車(スハネ30形など)を付属編成の代替として20系編成に併結し、「さくら」の運行に当てることとした。, 2等寝台(現在のB寝台)の基本設備に限れば、10系寝台車の設備は20系客車に比して大きく劣るものではなかった。しかし、20系客車と旧形客車とは以下の点で異なっていた。, このため上り、下りとも基本編成と付属編成との間の通り抜けができず、付属編成の乗客は食堂車が利用できないなど、サービス面で問題となった。このため国鉄は旧形客車部分を利用した乗客の特急料金を100円払い戻す措置を行った。, かもめ - みどり - ハウステンボス - シーサイドライナー / 長崎本線優等列車沿革, きりしま - ソニック - にちりん - にちりんシーガイア - ひゅうが - 海幸山幸 / 日豊本線優等列車沿革, SL人吉 - いさぶろう・しんぺい - かわせみ やませみ - はやとの風 / 肥薩線優等列車沿革, さくら (列車)のページの著作権Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。, ビジネス|業界用語|コンピュータ|電車|自動車・バイク|船|工学|建築・不動産|学問文化|生活|ヘルスケア|趣味|スポーツ|生物|食品|人名|方言|辞書・百科事典, 洋食堂車はあくまでも洋食専門で予約制のコース料理を提供していたのに対し、和食堂車は和食のみならず幅広い料理を大衆的な価格で提供していたという点が異なる。和食堂車だからといって洋食を提供していなかったわけではない。, プレス・アイゼンバーン『レイル』No.16 1985年6月 P.87 - P.98 古山善之助『蒸機全盛時代の国鉄の特急・急行列車II』を参照, 東京都・神奈川県・静岡県・愛知県・岐阜県・滋賀県・京都府・大阪府・兵庫県・岡山県・広島県・山口県・福岡県・佐賀県・長崎県, All text is available under the terms of the, 号車番号は下り東京駅出発時のもの。上り長崎駅発は東京駅方向から1号車、2号車となる。, また、この改正より、「平和」は「あさかぜ」より東京駅を2時間近く早く出発する事となり、下り列車は翌11月に登場した, 「さくら」の20系客車化に伴い、1人用個室一等寝台「ルーメット」と開放式一等寝台の合造車である「ナロネ22形」が新たに設計・新造された。, 編成端部の車両に設置された電照式の愛称表示は、「さくら」にちなんで地色がピンク色のものが使用された。, 3月:「さくら」の緩急二等座席車「ナハフ21形」を緩急二等寝台車「ナハネフ21形」に変更。これにより、二等座席車の連結を終了。, この改正では従来長崎駅に乗り入れていた基本編成が佐世保駅発着となり、長崎駅には博多駅で増解結していた付属編成が乗り入れることとなった。両編成の分割・併合は, 「さくら」の東京駅 - 下関駅間の牽引機がEF60形500番台からEF65形500番台(P型)に変更された。なお、, 食堂車「ナシ20形」、一等座席車両「ナロ20形」及び「ナロネ22形」に6室設置していた1人用個室一等寝台「ルーメット」を連結した編成(これをいわゆる, 付属編成については、肥前山口駅以西では8号車前頭にオハシ30形等旧形客車から改造された簡易電源車「マヤ20形」が連結された。, 6月20日:「さくら」長崎編成中に連結していたナロ20形をナハネ20形に変更。座席車の連結を終了。この時点での編成図は, 従来、東京駅 - 佐世保駅・長崎駅間運行の「西海・雲仙」は運行区間を変更。大阪駅 - 佐世保駅間運行の「西海」、京都駅 - 長崎駅間運行の「雲仙」に運行区間・形態を変更。→以降は, 基本編成(長崎発着):食堂車「オシ14形」及び全室開放式A寝台車「オロネ14形」を連結, 2月:1970年代半ばより合理化策の一環として廃止されていた九州島内のヘッドマークの取り付けが復活。, なお、1984年(昭和59年)7月20日の「カルテット」編成組み込み時点では一部開放式B寝台車両の2段式改造が行われていなかったが、1984年(昭和59年)9月までには完了した。, 1987年(昭和62年)6月1日:この日から食堂車の営業担当を日本食堂長崎営業所から日本食堂新博多営業所に移行し、名物メニュー「長崎ちゃんぽん」と「皿うどん」がメニューから消滅する。, 1990年(平成2年)12月1日:食堂車営業担当がJダイナー新東京営業所に移行するが、後の食堂車の売店営業後も1999年(平成11年)12月ダイヤ改正前の終了まで担当する。 なお、その前の1990年(平成2年)10月1日から上り列車の翌朝の食堂車営業開始時間が6時から7時に短縮。, また、佐世保編成を長崎編成と同一のJR九州車両の編成に変更。これにより、「あさかぜ1・4号」の廃止とともにJR東日本車両のJR九州への定期列車での乗り入れが消滅。なお、このため、従来熊本運転所所属の14系客車を, これにより、長崎編成・佐世保編成双方にオロネ14形、オハネ14形700番台、オシ14形を連結。, なお、売店営業は長崎発着の編成のみで営業し、佐世保編成ではカーテンが閉められていた。, また、編成単位での14系客車と24系客車の併結運転は史上初であり、サービス用電源はそれぞれ各編成の連結する電源車(カニ24形及びスハネフ14・15形)から供給された。なお、14系客車には非常時等に備え、併結運転対応工事が施された。, 6両編成となった「さくら」には、従前「はやぶさ」及び「富士」に連結されていたオハネ25形1000番台(1人用.

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