‚ªA スシ24 503○6. オハネフ25 216○, このうち○印は当日の写真記録で判断できた部分なので、それ以外の車両についてはスシと同様に差し替えの可能性があることをご了承ください。, このように推測できた同日の82号編成、どうも乗車した2号編成の余りの中で組換えて近似の編成が作れることがわかったので、せっかくならとそれっぽく組んでみたのが今回の編成です。そのうち、スシについては該当する形態が製品化されていないのでスシ24 501で代用、また車両はフル編成の12両分あるので、本来欠車となっていた3・4号車も連結した「ナンチャッテ編成」になりました。, 同じ車両を何度も載せて恐縮ですが、0番代だらけの北海道車で当時唯一の200番代車です。当初は他に2両存在しましたが、「はまなす」用スハネフ14-550に改造されてしまい1両1形式の貴重な存在になってしまいました。, 「3・4号セット」ではここに0番代車が来ますが、例の82号の記録に従って「1・2号セット」と差し替えました。結果、この編成には1両も0番代車が入らない組成に。, 14系からの改造車、オハネ24-500です。4両のみ存在したこのグループのうち、この504だけは一足早く廃車されてしまいましたね。14系と24系との間で改造した例はいくつもありますが、ただの開放式B寝台車を系列間改造で用意した例はそれほど多くありません。, 例の82号編成では3,4号車は欠車だったので、当該編成として走らせる場合はこの3号車と次の4号車は連結しません。記録がないので車番は自由に選べますが、当時11と15が存在したオハネ25-0のうち、15は「はまなす」編成に繋いでいたので残る11を選択しています。, 何の変哲もないオハネ25のようですが、北海道の開放式B寝台車の他例に漏れず14系併結改造がされており24系全体から見ると十分異端車といえます。, 2号車と同じオハネ24-500です。501〜503は北斗星廃止後も「はまなす」用として残ったのが記憶に新しいところです。, 北斗星の知識がなくとも一目で異端と分かる変な子、オハネ14の車体そのままに車掌室を増設、妻面にテールマークとテールランプを備えた怪しい姿は夢に出てきそうなほどです。編成中、末端部以外にも数か所車掌室が必要なため作られた車両で、一応最後尾に来ても良いように必要な設備を備えてはいますが、豪華特急らしからぬ顔ゆえか、あるいは実務上の何らかの不都合のためか、「車掌室つき中間車」としての使用がほとんどだった模様。製品はテールランプも非点灯、テールマークを非印刷の仕様だったのでジャンパ付きKATOカプラーを装備させ中間車としての整備に留まりましたが、床下には親切にもライトのオンオフスイッチが装備されているのでいずれ点灯仕様にしてあげたいところです。, またも1両1形式の異端車です。東日本編成では標準的な全室ロビーカーですが、北海道にはこの1両しか存在しません。もちろん旧3・4号専属です。検査時はミニロビー車を使用したのでしょうか。東日本車には大きな流れ星が書かれているので、それに見慣れていると少々違和感があります。, 件の82号では503号が連結されていたところ、製品に存在しないので差し替えで「北海道編成II」のものを使っています。DD51付き増結セット限定品に含まれていたもので、地味に当区の車両の中でも古い車両です。車内のランプシェードが点灯したはずですが、どこか接点不良を起こしているようで点灯しません。いずれ内部の回路の錆び取りをしてやらねばと思っています。, 「ツインDX」車オロネ25です。珍しく(?)北海道・東日本両編成ともに共通で連結される車両ですが、種車を25形0番代とする大窓車は北海道車のみに存在する形態です。3・4号(81・82号)用に追加で用意された2階建ての異端車551は当セットには組み込まれず、また件の82号編成にも非連結でした。, 2パターン存在するオロハネ25のうち、ロイヤル・ソロの合造車の方です。551〜554がロイヤル/デュエット車、555〜558がロイヤル/ソロ車とややこしいことになっています。, また東日本にも同様にロイヤル/ソロ車が存在しますが、北海道がソロ10室に対して東日本は12室。ここで何故か定員を合わせなかったせいで、3・4号設定時に東日本がソロ10室仕様のオロハネ"24"を用意することになってしまいました。, こちらがロイヤル・デュエット合造車の方のオロハネ25。北海道のロイヤル・ソロ車は珍しくだいたい同じ仕様らしいのですが、ロイヤル・デュエット車の方は4両しかないのに3形態ほど存在するとのことで非常に面倒くさいことになっています。この「3・4号セット」は多数派551・552仕様が入っており、件の編成も552で好都合でした。ちなみに553は北海道II、554は1・2号の方に入っています。これ、前回か前々回にも書いた気がします。, 先ほども登場した変な子、再び登場。側面にあるJRマークはこの2両のうち501だけに付いているもので、製品ではJRマークのインレタが付属しています。, テールランプ等が非点灯なのは先ほどのと同様ですが、こちらはテールマークが印刷されています。あちらが非印刷なのは、「北斗星まりも」等別の列車に使うことを考えて、あえて用意してくれているのでしょう。, 本来この「3・4号セット」のカニはマイクロスカート付きの501なのですが、前に記事にした通り501を「北海道II」編成に組み込んだため交換、さらに元々「北海道II」に連結していたカニには502の車番を貼り付け済みだったため、車番未貼り付けだった「1・2号セット」のカニと再交換しています。「1・2号」「北海道II」両セットのカニは見たところ同仕様だったので、車番の問題がなければわざわざ交換する必要はないです。, と、こんな様子でもう1編成が完成しました。北斗星はおよそ20年間にわたって3往復の設定があり隆盛を極めましたが、その3往復がそれぞれ少しずつ違った形態を取り、また2社それぞれが趣を凝らした車両を用意したために非常に形態が複雑で、興味深いものがあります。, 前回と今回では、その3往復時代のうち「1・2号」と「3・4号」の北海道編成が揃いました。「3・4号」の東日本編成や「5・6号」は未入線ですが、いずれ購入・整備して全盛期の3本を並べたいものです。, 次回は少し時代が遡り、初期の1・2号編成を整備していきます。もう1週だけ北斗星整備にお付き合いください。, hiruzenさんは、はてなブログを使っています。あなたもはてなブログをはじめてみませんか?, Powered by Hatena Blog 蒸気機関車(SL)復活運転の車両・施設計画概要について 〜2017年夏の運行開始を目指します〜”, https://web.archive.org/web/20160505225628/http://www.tobu.co.jp/file/pdf/b1aa63bbdbbedc2f1f8e1b16523e14e7/160421_3.pdf, “SLのヘッドマークデザインを決定! ★=客車3段式b寝台(10系・14系・20系) ★★=電車3段式b寝台(583系) ★★★=客車2段式b寝台(24系24形・24系25形) その他 荷=荷物車 電=電源車 乗車前に座席の指定が必要な指定席車両は設備欄を太字にしてあります。 寝台特急「みずほ」 昭和36年10月1日に戦後4番目の寝台特急列車として誕生。(一般型客車) 不定期列車として誕生し、その後も「さくら」「はやぶさ」の補完的な役割であった。 昭和38年6月に20系化・昭和47年3月に14系化された。 オシ14 18: 長崎 平成2年2月: 14系の食堂車。 定員40名、通路を挟んで4人掛けテーブル5脚を配置する。 同日,普通座席のグリーン車スロフ62です。 同日,食堂車オシ17は11両編成中9号車に付いていました。 同日,急行出雲の最後尾です。 ~急行瀬戸~ 1972年3月4日東京駅14番線、列車番号35、10系寝台急行「瀬戸1号」、19時38分入線。 〜12月4日(日)からは「東武鉄道 SL復活運転 SL「大樹」列車名称発表記念乗車券」を発売〜”, https://web.archive.org/web/20180719054745/http://www.tobu.co.jp/file/pdf/dd4f61ac1ed1d06adcfcc19cd3348d14/161201.pdf, “昭和〜平成へのノスタルジーを体感!ゆったりとしたシートピッチやラウンジが楽しめます 14系客車「ドリームカー」をSL大樹の客車として導入します!! 国鉄14系客車(こくてつ14けいきゃくしゃ)は、日本国有鉄道(国鉄)が1971年(昭和46年)より設計・製造した客車の形式。 オハネ24 5041. 東武鬼怒川線で復活するSL「大樹」の営業運転開始日を2017年8月10日(木)に決定! オハネフ24 5022. - トマムサホロExp.) - キハ183系(ニセコExp. - クリスタルExp.) - キハ285系, ワム80000形 - ワキ5000形 - ワキ10000形 - ヨ3500形 - ヨ8000形 - トラ70000形 - ソ80形 - チ1000形 - チキ5500形 - チキ7000形 - チ50000形 - チラ50000形 - ケ10形 - ヒ500形 - ヒ600形 - キ100形 - キ700形 - タキ9900形 - タキ42750形 - ホキ800形, 115系 - E127系 - E129系 - E131系 (運用開始前) - 201系(運用終了) - 205系 - 209系 - 211系 - 215系 - E217系 - E231系 - E233系 - E235系 - クモハ12形(運用終了), クロ157形(運用終了) ‐ 185系 - 251系(運用終了) - 253系 - 255系 - E257系 - E259系 - E261系 - E353系, 485系 - 583系(運用終了) - 651系 - E653系 - E655系 - E657系, キハ40系 - キハ100系 - キハ110系 - キハE120形 - キハE130系 - キハ141系 - キハE200形 - HB-E210系 - HB-E300系 - GV-E400系, ワム80000形 - チ1000形 - チキ5200形 - チキ5500形 - チキ6000形 - ホキ800形, C57形(180号機) - C58形(239号機) - C61形(20号機) - D51形(498号機), DD14形(運用終了) - DD16形 - DD51形 - DE10形 - DE11形 - DE15形, 101系 - 103系 - 105系 - 107系 - 113系 - 123系 - 203系 - 207系 - 301系 - E331系 - 901系 - クモハ40形, ワム60000形 - ワキ10000形 - トラ70000形 - トラ90000形 - チキ7000形 - ヨ3500形 - ヨ5000形 - ヨ8000形 ‐ケ10形 - ソ80形 - ソ300形, 103系 - 113系 - 115系 - 117系(トレイン117) - 119系 - 123系 - クモハ12形, ワム80000形 - トラ90000形 - チキ5200形 - チキ5500形 - チキ6000形 - ホキ800形 - ヨ8000形 - ケ10形 - ソ80形, 103系 - 105系 - 113系 - 115系 - 117系 - 123系 - 125系 - 201系 - 205系 - 207系 - 213系 - 221系 - 223系 - 225系 - 227系 - 321系 - 323系 - クモハ42形(運用終了), 271系 - 281系 - 283系 - 285系 - 287系 - 289系 - 381系, トラ45000形 - チキ5200形 - チキ5500形 - チキ6000形 - チキ7000形 - ホキ800形, C56形(160号機) - C57形(1号機) - C61形(2号機、展示用) - C62形(2号機、展示用) - D51形(200号機), ワム80000形 - ワキ5000形 - ワキ10000形 - トラ70000形 - チ1000形 - ケ10形 - ソ80形 - ヨ8000形, EF15形 - EF58形 - EF59形 - EF60形 - EF64形 - EF66形, キハ32形 - キクハ32形 - キハ40系 - キハ54形 - 1000形 - 1200形 - 1500形, ワム80000形 - トラ70000形 - ホキ800形 - ヨ8000形 - ソ80形 - ヒ600形, ワム60000形 - トラ70000形 - チ1000形 - チキ7000形 - ヨ8000形 - ケ10形 - ヤ550形 - ソ80形, 6050系 - 8000系・800系・850系 - 9000系・9050系 - 10000系・10030系・10080系 - 20000系・20050系・20400系(20410系・20420系・20430系・20440系)30000系 - 50000系・50050系・50070系・50090系 - 60000系 - 70000系・70090系, モハ5310形・クハ350形(デハ10系) - モハ5320形・モハ5800形・クハ340形, 1700系・1720系 - 5700系 - 6000系 - トク500形 - 300系 - 1800系, クハ220形a・クハ230形(大正15年系) - クハ220形b・クハニ470形(総武鉄道引き継ぎ車) - クハ420形a(大正14年系) - クハ450形(戦災国電復旧車) - クハ240形・クハ540形・クハ500形・クハ550形II(第一次/第二次鋼体化形) - モハ3210形・モハニ3270形・モハ5420形・モハニ5470形・クハニ270形・クハユ290形(昭和2 - 4年系) - モハ3200形c・モハ3260形・モハ5200形・モハ5430形・クハ420形c(運輸省規格型) - モハ5410形・モハ5440形・モハ5450形・モハ5460形・クハ400形(デハ10系), モハ1100形(大正13年系) - モハ1600形(下野電気鉄道引き継ぎ車) - 3000系・3050系・3070系5000系・5050系・5070系 - 7300系・クハ360形 - 7800系, キハ4I - キハ10形 - キハ20形 - キハ1・2・3(上州鉄道引き継ぎ車) - キハ1形(越生鉄道引き継ぎ車) - キハ1・2(下野電気鉄道引き継ぎ車) - キハ2000形, ED3000形 - ED4000形 - ED4010形・ED4020形 - ED5000形 - ED5010形・ED5050形 - ED5060形・ED5080形, A1形II - A2形 - A3形 - C1形I - C1形II - C2形 - C3形I - C3形II - C3形III - C3形IV - C11形(207号機)併合他社の車両 :い形(佐野) - ろ形(佐野) - 3(総武), B1形 - B2形 - B3形 - B4形 - B5形 - B6形 - B7形 - D1形, モユニ1190形・モニ1470形・モユニ1490形 - モニ1670形 - クエ7000形 - サヤ8000形, C10形(8号機) - C11形(190号機、227号機) - C56形(44号機), オハ35形 - オハ47形 - オハフ33形 - スハフ42形・スハフ43形 - オハニ36形 - ナロ80形・スイテ82形 - 12系(未入籍) - 14系(未入籍), クハ600形 - スロフ300形 - スハフ1形 - スハフ500形 - スロニ200形, 5 - 6 - 15 - 16 / 15, 17(借入) / 1(未入籍) - 1275(未入籍) - 2109(未入籍) - C11形(312号機) - C12形(1号機、164号機), モハ300形(301・302 - 303 - 304 - 305・306 - 307 - 308 - 309)クハ500形(501 - 502 - 503 - 504 - 505 - 506 - 507 - 508)モハ200形 - 310系 - 311系 - 312系 - 420系 - 1000系 - モハ1100形 - サハ1411形 - モハ1900形 - 3000系 I - 3000系 II - 3800系 - 6010系 - クハ6050形 - クハ86形(納涼展望電車), ハフ1形 - ハフ10形 - ハフ15形 - ハフ30形- ホハニフ100形 - ナハフ500形 - ニブ1形 - ニ20形20 - ニ25形, ワ1形 - ワム1形 - ト1形 - ト30形 - ト100形 - ト200形 - トム1形 - トム10形 - トラ1形 - トラ10形 - チ1形 - チキ300形 - ホキ400形 - ヨ3500形, 12系をベースに設計されたため、試作車のB寝台車2形式は、当初「12系寝台車オハネ14形・スハネフ14形」として製造された。後にA寝台車・食堂車を含む量産車が登場した段階では「14系寝台車」と規定されている。, 14形と15形では定員や消火装置の有無などが異なるが、元々12系客車をベースとした共通の給電方式であり、その後, 1971年 大井工場で「旅客車のサービス業務省力化」研究の一環としていくつか試作研究された中から採用に至ったもの。この中では新幹線・特急用座席の自動転換や、581系上段・中段寝台を自動で回転設置・収納するというものも試作されていた。, 当初はキハ400系気動車に準じたものだったが、特急化されてからはキハ183系に合わせた塗色に変更。, 本形式のAU13形冷房装置には、冬季でも運転可能なように送風ファンの上にカバーが付けられていることから12系のAU13形よりも高さが10cmほど高い。そのため、車両限界内に収めるために屋根高さを10cm低くして対応した。, なお、オハ14は合計202両が製造されていたため、末期に製造された201・202は本番台区分との重複車号となっていたが、オリジナル車(最終所属は尾久客車区)の廃車により、重複は解消されていた。, スハフ14 5は「ユーロライナー」塗装のままであり使用されずにいたが、塗装変更を受け、, j train (ジェイ・トレイン) 2011年 07月号 vol.42 (2011/5/21)「14系座席車 運転史(pp.79-90)」, ジェー・アール・アール編『JR電車編成表』2017冬 ジェー・アール・アール、交通新聞社、2016年、p.358。, https://archive.is/20090715175805/http://www.yomiuri.co.jp/feature/20090128-945707/news/20090711-OYT1T00648.htm, https://web.archive.org/web/20160613022628/http://oigawa-railway.co.jp/archives/3654, “全国の鉄道会社のご協力をいただき、車両や施設を結集! Re: 14系寝台客車について. 鈴木昌生様 こだわりのご高察、恐れ入りました。 14系寝台車のスハネフが供給過剰ではなかったか?ということですが、 私の感覚ではそれが国鉄のやり方、という事で全く違和感がありませんので、 14系からの改造車、オハネ24-500です。4両のみ存在したこのグループのうち、この504だけは一足早く廃車されてしまいましたね。14系と24系との間で改造した例はいくつもありますが、ただの開放式b寝台車を系列間改造で用意した例はそれほど多くありません。 ブログを報告する, 【入線整備】KATO 14系急行「ニセコ・宗谷」といいつつ実際は単に「ニセコ」だよねセット入線. オハネフ24 501○10. 国鉄14系客車(こくてつ14けいきゃくしゃ)は、日本国有鉄道(国鉄)が1971年(昭和46年)より設計・製造した客車の形式。, 客車の冷暖房用などのサービス電源を、床下のディーゼル発電機でまかなう「分散電源方式」を初めて採用した12系客車をベースとし、同じく分散電源方式を踏襲しつつ、特急列車での使用を前提とした車内設備に変更した客車が本系列である。昼行特急列車や座席夜行列車に使用する座席車と寝台特急列車に使用する寝台車があり、さらに寝台車は製造時期や仕様の違いにより14形と15形に分かれているが、いずれもサービス電源等の仕様は基本的に同一で、混用可能である[注 1][1]。, 20系客車は寝台列車として大成功を収めたが、列車内でのサービス電源を電源車から供給する「集中電源方式」を採用していたことから、多層建て列車として運行する際には、分割された編成に給電するための別の電源車を必要とし、これが運用上の制約となった[3]。, この運用上の制約を排除するため、客車のサービス電源を床下のディーゼル発電機でまかなう「分散電源方式」を採用して増備していた、12系客車を基本とした寝台車として設計・製作された形式が14系寝台車である[注 2]。製造年度によりB寝台車室の違いなどから、14形・15形と2種類に分類[注 3]される。, 一部の車両は、座席車同様、北海道で使用していた旧形客車を廃車にする際の代替車両用として、耐寒耐雪改造が実施された。この車両は、折戸を引戸に改修するなどの措置が取られており、500番台の車両番号が与えられている。これらは14系500番台座席車同様、急行列車に使用されたが、急行が特急格上げ・気動車化された後、一部は気動車と連結するため改造されたり、「北斗星」の個室車両用に改造(同時に24系に編入)されたりした車両もある。, 1970年(昭和45年)-1977年(昭和52年)の製造予算は以下の通りである[5]。, 車両の概要としては、上記にあるとおりであるが、特徴としては、B寝台車の内装が、それ以前の標準寝台幅52cmを踏襲した20系客車と異なり、B寝台車のベッド幅を581・583系電車で採用したのと同様の70cmと大型化し、またユニット方式で内装を製造して車内に取り付ける形を初めて採用した。また、寝台車のベッドの収納などを省力化するため、中段寝台の自動昇降装置を初めて取り付けた[注 5]。, 形式はB寝台車のオハネ14形・スハネフ14形、A寝台車のオロネ14形、食堂車のオシ14形が用意された。A寝台車は、「プルマンタイプ」の開放式寝台車のみが製造された。食堂車は、側窓に内蔵式のベネシャンブラインドを採用するなど電車・気動車の食堂車とほぼ共通の仕様となってコストダウンが図られた。合計188両が1971年から翌年にかけて製造されている。, まず、1971年に急行「瀬戸(下り)2号・(上り)1号」に試作車のオハネ14 1 - 7とスハネフ14 1 - 3が連結され、試験的に運行を開始した。同列車では他の従来型客車と連結する必要があったため、試作車は蒸気暖房(SG)管と電気暖房用引通し線を新製時より搭載している[注 6]。, 1972年3月ダイヤ改正で寝台特急「さくら」・「みずほ」・「あさかぜ(下り)2号・(上り)3号」の3往復で運用が開始された。その際の編成はこちらを参照されたい。, しかし1972年(昭和47年)に発生した北陸トンネル火災事故を機に、火元となる可能性のある電源エンジンを客室の直下に置く分散電源方式は防火安全対策上問題があるとされ、本形式の製造は一旦中止され、以後の増備は集中電源方式の24系客車に移行した。, 1980年代から1990年代にかけてB寝台車の2段寝台化が行われたが、需給関係との兼ね合いもあり、全車には及ばなかった。2段化されなかった車両は急行列車や波動輸送用に使われたほか、JR西日本管轄であった「出雲3・2号」に廉価サービスの一環として、1989年(平成元年)から3段B寝台車を1両連結する措置がとられ、同列車が1998年(平成10年)に電車化されるまで続けられた。, 14系14形の製造が中止された後に、防火安全対策を強化して1978年(昭和53年)に製造されたグループである。B寝台車のみ63両が製造された。, 床下発電機にはハロン式自動消火装置が付き[注 7]A-A基準に準拠して製作された。, 電源システムなどは14形と同じで混結が可能だが、24系25形寝台車(1976年度以降製造の100番台車)に準じた車体形状を持ち、B寝台も2段化されオハネ15形・スハネフ15形のみが製造された。なお、登場時編成図はこちらを参照されたい。, 新製当初、15形は寝台特急「あかつき」2往復に投入されたが、後に「明星」との併結運転を実施。, 国鉄の分割民営化を控えた1986年(昭和61年)に「あかつき」の減車および1往復削減に伴い、一部の15形が熊本運転所へ転属し、14形に混じって「さくら」・「みずほ」にも投入された。, 「あかつき」の運転終了後は、熊本に転属したスハネフ15形4両・オハネ15形5両が、スハネフ14形6両[注 8]、オロネ25形改造のオロネ15形3000番台5両、オハネ25形1000番台改造のオハネ15形2000番台5両、オハネ25形100番台改造のオハネ15形1100番台6両とともに、「富士」・「はやぶさ」で列車廃止まで運用された。, 車体構造が共通である24系客車への転出あるいは同系からの改造編入は、登場直後から行なわれている。系列内改造では、北海道への転用改造が質および量ともに大規模なものとしてあげられる。, 1975年3月のダイヤ改正により、24系24形が品川客車区に転属して「はやぶさ」・「富士」・「出雲[注 9]」を受け持つこととなった際に不足する食堂車5両を補うため、オシ14形に難燃化・電気系統の改造によりオシ24形100番台に編入したものである。, 国鉄分割民営化に際しては、全車がJR九州に引き継がれたが、1999年(平成11年)をもって運用から外され全車廃車となった。, 1977年(昭和52年)に系列間の需給調整のため、24系客車のB寝台緩急車オハネフ24形に電源用ディーゼル発電機を取り付け14系化した車両で3両が改造された。もともと、24系客車自体が当系列を基本にした系列のため、外観上の差異はほとんどなく、屋上エンジン排気筒ならびに後位クーラー廻りの寸法、前位車端部の手すりの取付け方が異なる程度である。改造当初は101と102が品川運転所(当時は品川客車区)、103が早岐客貨車区に配置された。, 102は、1982年(昭和57年)3月15日に名古屋駅構内で発生したDD51形ディーゼル機関車との衝突事故(名古屋駅寝台特急「紀伊」機関車衝突事故)により廃車となり、101がJR九州、103がJR東日本に引き継がれた。103は尾久客車区(現・尾久車両センター)に所属し、3段寝台のまま急行「能登」や「カートレイン九州」で使用されたが1998年に廃車となり、その後は101のみがJR九州熊本鉄道事業部熊本車両センターに配置、2009年廃止の「富士」「はやぶさ」に充当されたが、2013年度に廃車され区分番台消滅となった。, 1982年11月のダイヤ改正で24系24形寝台車が秋田運転所に転属となり、「あけぼの」・「ゆうづる」・「出羽」に運用する際に不足するA寝台車を補うため、オロネ14形1両の電気系統を変更して、オロネ24形100番台に編入した。1986年には、急行「銀河」24系置き換えの際に不足する2両が追加改造されている。, 国鉄分割民営化で、101がJR東日本、102・103がJR西日本に引き継がれた。1991年(平成3年)に101はスロネ24形に改造されたため、残った102・103の2両がJR西日本宮原総合運転所に配置されていたが、2008年(平成20年)に廃車となり形式消滅。, 1983年、北海道内の急行列車「まりも」・「大雪」・「利尻」で使われていた10系寝台車の置き換えのため、後述の座席車に引き続き、本系列に暖房強化と冬季の着雪・凍結対策として折戸であった客用扉の引戸化など道内向け改造を施したものである[6]。在来客車との併結のため、蒸気暖房管が引き通された。台車はブレーキシリンダを台車装備とし、鋳鉄製制輪子を使用したTR217FとTR217Gに変更され、最高速度が95km/hに抑えられたため、区別のため車体側面の形式番号標記の前に「○ホ(○の中にホ)」マークが加えられた。, これらは、主に寝台車を連結した夜行急行列車に用いられたが、車両設備の更新のため一時期宗谷本線の昼行急行列車である「宗谷」・「天北」にも座席車代用としても用いられた[6]。, 1985年3月に、五稜郭車両所でオハネ14 501 - 503の寝台1区画をソファシート(後述のオハネ14形700番台と同じ仕様)に改装し、昼行運用時のみグリーン席としたもの。夜行運用時は2段式B寝台4席のみとして発売された。, 14系客車置き換え前の気動車時代に連結されていたグリーン車のサービスを受け継ぐもので、急行「宗谷」(上りのみ)「天北」(下りのみ)で運用されたが、現地でしか購入できないなど発売方法に問題があり利用が振わず、1986年10月までに原型に戻された[6]。, 1984年、高速バスや航空機の台頭に伴う夜行列車の利用率低下を打開するため、B寝台車では初めて登場した4人用個室「カルテット」を配置した寝台車である。種車の寝台レイアウトはそのままに通路との仕切りを設け、昼間利用時の居住性向上のため下段寝台を折りたたみ式のソファーベット化するなどシンプルな改造内容で、原状への復元が容易に行える構造であったが、登場当初はグループ利用者を中心に人気を集め、「さくら」・「みずほ」に使用された。, 国鉄分割民営化で全車がJR九州に引き継がれたが、夜行需要自体の減少のみならず、上段が3段式時代のままであったことや個室の少人数指向が進んだことで利用率が低下したことから、1997年に定期運用を離脱。その後個室のドアを撤去し、通常の2段式B寝台として「シュプール大山」に充当されたが、翌1998年までに全車廃車された。, 広島鉄道管理局で、1984年に20系寝台車改造の簡易個室式ジョイフルトレイン「ホリデーパル」のサロンカーとして、オシ14 1を幡生車両所で改造したもので、改造後はオハ14 701に改番された。車内は、食堂設備をすべて撤去してカーペット敷きとされたが、外観上は厨房部の窓を固定化したのが目立つ程度で、大きな変更はない。, 電気系統は20系の三相交流60Hz/600Vに適合するように改造されたが、回路の切替えにより従来どおり14系や12系に組み込んで使用することも可能であった。国鉄分割民営化でJR西日本に引き継がれ、1990年には白を基調とした新塗装に塗り替えられたが、1997年に20系側の老朽化により廃車された。, 1985年3月、東京対九州ブルートレインの設備改善のため、ホテルのロビーのような機能を持つフリースペースとして「ロビーカー」を「はやぶさ」に連結することとなり、登場。本グループの種車は、当時余剰となっていたオシ14形およびオハネ14形が充てられた。両者の外観は大きく異なるが、種車の設備は完全に撤去され、中央部にソファと1人用の回転椅子を設けたロビーコーナー、前位寄りに飲料の自動販売機を備えたサービスコーナー、後位寄りにPRコーナーが設けられた。また、ロビーコーナーの前位寄りには、サービスカウンターも設けられていた。外観は、銀色のメタリックテープで翼を広げたようなデザインが行なわれ、ロビーカーであることをアピールした。その後カード式公衆電話が設置された。, 「はやぶさ」用には、オシ14形改造車2両、オハネ14形改造車1両が用意されたが、1986年11月から連結が開始された「富士」用には、オハネ14形改造車2両が増備された。両グループは区別されることなく連番が付番されている。オシ14形から改造された701・702には、客用扉は設置されていない。, 改造は全車が大宮工場(現・大宮総合車両センター)で当初は品川運転所に配置されたが、国鉄分割民営化に伴い全車が熊本運転所へと転属し、JR九州に引き継がれた。2005年(平成17年)の「富士」「はやぶさ」併結運転化に伴い編成から外され、同年に全車廃車された。, 1987年に実施された国鉄分割民営化に際しては、240両がJR4社に継承された。その状況は、次のとおりである。国鉄時代の廃車は、1982年度に事故廃車となった1両(スハネフ14 102)のみであった。その他に改造による減が13両、増が3両で、廃車と合わせて11両の減である。, 北海道旅客鉄道(JR北海道)へは、オハネ14形500番台17両とスハネフ14形500番台8両の計25両が承継された。「北斗星」3・4号の定期列車化に伴い、オハネ14形の一部は24系客車へ改造編入され、残存車は引き続き「まりも」「大雪」「利尻」など夜行急行列車を主に運用された。これら夜行列車群が気動車に置換えられる際に、寝台車組込のため気動車との併結改造が行われた。道内発着の夜行列車は2008年(平成20年)8月31日出発の特急「まりも」の臨時運転をもってすべて廃止され、オリジナルの14系寝台車の運用は消滅した。札幌運転所に配置されていた残存車は同年10月17日をもってすべて廃車となった。2016年3月、急行「はまなす」用の24系改造編入車2両[6]も廃車され、北海道から14系寝台車は消滅した。, 1988年(昭和63年)3月、青函トンネルの開通に伴って上野駅 - 札幌駅間で運転が開始された寝台特急「北斗星」は1・2号をJR北海道、5・6号をJR東日本が担当し、3・4号はモノクラスの季節列車として設定されたが、豪華編成の1・2・5・6号に続いて、3・4号にもハイグレード客車を連結して1989年3月から定期列車化することとなった。その際、JR北海道とJR東日本で1本ずつ編成を受け持つこととなったが、JR北海道では種車となる24系が払底していたため、宗谷本線急行「宗谷」「天北」のキハ400系気動車へ置き換えによって捻出したオハネ14形11両が種車とされた。改造詳細は国鉄24系客車#JR北海道を参照。, 「北斗星」のA個室「ロイヤル」が寝台券がプラチナチケットとなっていたことから、「ロイヤル」の室数を増やすため、1990年(平成2年)から全列車に「ロイヤル・ソロ」を1両増結することとなった。JR北海道では前節と同じ事情でオハネ14形3両が種車となった。, 1991年の急行「はまなす」への寝台車連結に伴い、当時14系寝台車が不足していたことから、「北斗星」1・2号の個室化推進に伴い余剰になったオハネフ25形の床下に廃車となったスハフ14形500番台から捻出した電源装置を取り付け、14系化したものである。種車はオハネフ25形200番台だが、改造時に帯を白帯に変更した以外は上述のスハネフ15形とスハネフ14形500番台に準じている。, 1991年3月、宗谷本線の夜行急行「利尻」をキハ400系気動車に置き換えることとなったが、寝台車の連結を続行するため、スハネフ14 501・505・508を気動車編成に組み込んで運転することとした。併結のための給電や放送、戸閉回路など引通し関係、ブレーキ管の改造が行われ、車内設備についても寝台モケットの張り替えや、トイレ・洗面所のグレードアップが行なわれた。外板塗色は、併結する気動車に準じた灰白色ベースに変更[注 10]され、幌受け座が気動車タイプのものに交換された。前位側には、従来からの電気連結栓も存置されたため、客車列車に組み込んで使用することも可能であるが、気動車用引通しの関係から後位車掌室側を稚内向きに固定している。, その後、1992年(平成4年)の石北本線夜行急行「大雪」の特急「オホーツク」への格上げ、1993年(平成5年)の根室本線夜行急行「まりも」の特急「おおぞら」への格上げによるキハ183系気動車化により、残存していたオハネ14 501・502・504、スハネフ14 502 - 504・506・507が、キハ183系気動車との併結対応に改造された。こちらの改造内容も「利尻」用とほぼ同様であるが、外板塗色は併結するキハ183系に合わせたものとなっている。また、オハネ14形の車掌室跡には飲料水の自動販売機も設置されている。, 東日本旅客鉄道(JR東日本)へは、「さくら・みずほ」「北陸」「能登」用の計69両が引き継がれた。「みずほ」の廃止と「さくら」の移管、「能登」の電車化により余剰車が廃止され、「北陸」用のみが運用されていたが、2010年3月の列車廃止に伴い、運用が消滅した。, 2010年3月14日のダイヤ改正で「北陸」が廃止されたため、いずれも使用されていない。, 西日本旅客鉄道(JR西日本)へは、97両が引き継がれた。民営化時点の運用は、「ちくま」「だいせん」「あかつき」「彗星」「出雲2・3号」があり、特急列車用へはアコモデーション改良もなされたが、2005年の「彗星」の廃止、2008年の「あかつき」の廃止により定期運用が消滅した。2016年3月21日に「特別なトワイライトエクスプレス」が運用を終了し、2018年3月31日に「あすか」の1両も廃車されたため、西日本から14系寝台車は消滅した。, 1991年、「出雲」3・2号用に登場したグレードアップ個室寝台車で、1人用A寝台車(シングルDX)3両と1人用B個室寝台(シングル)・2人用B個室寝台(ツイン)合造車3両の計6両が登場した。, 九州旅客鉄道(JR九州)へは、「さくら」「みずほ」用に49両が継承された。両列車の廃止後は、「富士」「はやぶさ」用となったが、初期の14形が多かったため、随時24系25形から改造補充された。2009年の「富士・はやぶさ」廃止により定期運用を失ったが、九州島内での臨時列車に使用されている。, 1971年に開発され、その年に急行「瀬戸」で試験的に運用された後、1972年3月15日国鉄ダイヤ改正から本格的に営業運転に投入された。このダイヤ改正では、途中駅で分かれて別々の目的地を目指す運行形態を採っていた「さくら」などの列車に、当初の開発計画のとおり投入された。その後も「いなば」・「紀伊」など多層建ての寝台列車にも投入され、24系の開発・運用開始後も同系とともに寝台列車の主力として使用された。, しかしその後、寝台列車は次第に需要が低迷するようになり、列車の廃止に伴って余剰となり始めた本系列も次第に活躍の場を狭めていった。また、北海道にみられた気動車併結列車も2007年10月のJR北海道ダイヤ改正での「まりも」の臨時列車化に伴い定期運用がなくなった。2010年3月13日のダイヤ改正で、寝台特急「北陸」が廃止されたことにより、特急列車での定期運用はなくなり、最後まで残っていた定期列車急行「はまなす」も、2016年3月21日の青森発をもって運行を終了した。, 2009年(平成21年)3月まで多層建て列車として運転されていた、東京駅 - 門司駅間併結の「富士」・「はやぶさ」では、それぞれの編成内容を共通化することで、1つの編成について、熊本-「はやぶさ」-東京-「富士」-大分-「富士」-東京-「はやぶさ」-熊本という、14系の長所を最大限に活かした車両運用が行われていた点が注目された。, 詳細としては「スハネフ14 (15) 形 - オロネ15形3000番台 - オハネ15形2000番台 - オハネ15形 - オハネ15形 - スハネフ14 (15) 形」1編成を、上り「はやぶさ」→下り「富士」→上り「富士」→下り「はやぶさ」とする運用を組み合わせる形で使用されていた。, 車両の面から見ると「富士」「はやぶさ」に使用されている14系の製造時の形式は、14系14形が5両(スハネフ14形0番台)、14系15形が9両(スハネフ15形・オハネ15形0番台)、24系24形が1両(オハネフ24形改造のスハネフ14 101)、24系25形が16両(オロネ15形3000番台・オハネ15形2000番台・オハネ15形1100番台)とすでに廃車となっている20系客車を除く寝台特急用客車の全形式にわたっていた。, 趣味的な観点であるが、銀帯の車両が多数派となっているが、もともと白帯であるスハネフ14形に加え、更新改造時に銀帯(ステンレス)を白帯(塗装)に変更した15形車両も存在するため、帯の色が統一された編成となることはほとんどない。2008年3月現在、スハネフ14形、スハネフ15形の一部、オハネ15形1100番台が白帯、スハネフ15形の一部、オハネ15形0番台、オハネ15形2000番台、オロネ15形3000番台が銀帯となっていた。, 1969年(昭和44年)から、国鉄は波動輸送用として12系客車を製造していた。12系は急行用としたことから座席は向かい合わせの固定式クロスシートであるものの、110km/h運転が可能で冷房装置を完備した唯一の昼行用客車ということもあり、当初は臨時特急列車にも12系を使用していたが、特急料金の割引を行っても利用者の評判は芳しくなかった。また、元特急用で回転式座席を持ち、夜行急行列車の座席指定車などに使用されていたスハ44系も冷房搭載が困難など老朽化、陳腐化が進み取替え時期にさしかかっていた。そこで12系客車の設計を基本とし、183系電車と共通の車内設備をもつ特急形車両として1972年から1974年にかけて新潟鉄工所・富士重工業・日本車輌製造で合計325両が製造されたのが14系座席車である。波動輸送用として増備されたことから、グリーン車・食堂車の製造は計画されず、普通車のみが製造された。車内設備は20系座席車のナハ20形・ナハフ20形・ナハフ21形(いずれも14系座席車登場以前に全車が寝台車に改造済み)に準じているが、20系座席車とは違って売店や車内販売用の基地は設けられず、座席も簡易リクライニングシートとなり、冷房装置は屋根上にAU13A形分散式冷房装置(製造途中から難燃化構造としたAU13AN形に変更)を搭載し、台車はTR217D形を採用した。車体の屋根高さは12系客車よりも10cm低い3,520mmである[注 11]。また、窓框の高さなど183系電車の普通車とほぼ同一であるが、窓部の側構は同じ特急形でも電車・気動車と異なり内傾しておらず垂直である。また、波動用という事でレジャー客のスキー板やゴルフバッグなどの大型荷物の携行が予想されたため、客室の一端に大型荷物置場を設置した[11]。12系・14系寝台車以外の系列との併結は考慮されず、蒸気暖房管と電気暖房用引通し線は未装備である[12]。, 下表に記すように4回にわたって発注された。増備の都度、細部の改良が行われているが、特に昭和48年度第3次民有車両では北陸トンネル火災事故の教訓から難燃性の向上が図られ、車体構造を含む多数の変更が行われた。, また、ジャンパ連結器を24系客車に合わせた。ジャンパ栓収めを2箇所(KE8・KE85)妻板の1・4位に設置した。, 1972年(昭和47年)-1974年(昭和49年)度の製造予算は以下の通りである[要出典]。, 日本の車両メーカーによるこの時点までの日本国鉄型客車をベースとした輸出客車には、ブラジルの国営ノルデスチ鉄道(ポルトガル語版)(のちのブラジル国鉄(ポルトガル語版))向け(43系ベースで製造は富士重工業、のちに現地でほぼ同型車が大量生産)やフィリピン国鉄/パナイ鉄道向け(同43系ベース)、ソビエト連邦鉄道(サハリン用)向け、台湾鉄路管理局向け、タイ国鉄向け(10系ベース)、エジプト国鉄向け(10系ベース、日立製作所の技術支援により現地で大量生産)、インドネシア国鉄向けなどが存在したが、この14系も近畿車輛で1976年(昭和51年)より座席車をベースにした車両(一等車)がメキシコ・チワワ太平洋鉄道およびメキシコ国鉄向けに120両、冷房付で製造。

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